2004年4月【新平コラム】<<【新平コラム】リスト
ミニ集会でお世話になりました。
(2004.04.30)
 宮崎で活躍される輝く女性の皆さんとの座談会にそのお一人のご自宅にお邪魔しました。
 立候補の表明をしてから、とにかくあわただしい毎日でして、本当はじっくりお話すべきところが、形式的な挨拶だけのケースが多くなりました。
 私自身も、本意ではなくちょっと消化不良気味でしたが、昨晩は、時間が過ぎるのを忘れる位、話がはずみ、とても有意義な一時でした。お世話になりました。

 色んなお話が出来たのですが、自然や文化が香る、21世紀に価値のでる宮崎を盛り上げようということなど多岐に及びました。
 また、政治を身近に、分かりやすく、また、私のキャラクターを生かす方策などもご指摘いただきました。

 早速出来るものから取り掛かります。
 今日は、おかげで、久々に目覚めもよく、元気に頑張ります。 
自己責任と全頭検査
(2004.04.29)
 閣僚7名の年金未納問題で、政治家の信頼はまたしても地に落ちました。
 「お前は、大丈夫か」と皆さんに心配されます。もちろん、さかのぼって、確認しました。

 「大丈夫です。」「ただ、詐欺に引っかかった時に正直、2,3カ月遅れたことはありました。」

 あるニュースを聞いていてなるほどと思いました。「政治家は全頭検査すべき」〜全政治家を検査公表すべきとの意見です。

 ごもっともです。繰り返される不祥事・・・秘書問題にしても後から次々出てきます。

 自己責任は、まずは、政治から。
現場主義
(2004.04.28)

 選挙の時だけ、挨拶に来るのではなく、日頃が大事。
 宮崎の市場には、朝から活気があります。
 宮崎の地場産業で、年間500億円のお金が動くのは、ここだけと伺いました。

 何事も、現場にヒントがあります。
 選挙のときではなく、勉強します。
参院選 春風に乗って
(2004.04.27)
 春風に乗って県下全域飛び回っております。今朝は、6時から市場にお邪魔します。
 都城事務所を開設しました。お近くの方は、是非お立ち寄りください。地図は、ホームページ上で、ご案内してます。

 全国植樹祭は、式典の日は、宮崎自慢の陽気な青空でよかったですね。全国に宮崎の良さを発信できました。関係されて皆様、お疲れ様でした。
 
第一回松下新平を囲む若者の集い
(2004.04.26)

 日ごろお世話になっている皆さんにご案内するのが結婚式の披露宴ですが、その選挙版といいますか、今回、今まで、政治とは別にお付き合いいただいた皆さんにお声かけをさせていただき、私の思いを披露し、ご賛同を呼びかけました。

 通常、選挙の集会は、仕事で疲れているのに、無理矢理、会社や団体の強制的な動員で、会場は埋まりますが、聞きたくもないの話でますます政治離れに拍車がかかるんです。

 約120名の参加をいただきましたが、類は類を呼ぶと申しますか、共通のお友達もかなりの確率であって、正に、披露宴のような和やかな雰囲気でした。

 社会を良くする運動としての選挙は、まず第1にお金をかけない。第2に今まで選挙に行かなかった皆さんにどう一緒に行動するかにかかっています。  
年金制度改革について3
(2004.04.24)
 年金資金運用基金の3事業の内、年金加入者などに融資を行なう「融資事業」がまたひどい実態です。住宅ローン融資での焦げ付きが明らかになっていますが、公表されているだけでも約600億円の年金掛け金が戻ってこない可能性が高いそうです。

 3つ目の事業、「資金運用事業」これは、年金財源を増やすために株式などで運用する事業ですが、2002年度だけで2兆5千億円もの損失を出し、累積損失は6兆円を超えているそうです。

 年金官僚の利権拡大のために、制度が改悪されてきた実態が浮き彫りになってます。
 これは、高度経済成長時代の制度疲労の一つの例かもしれません。長い間錆び付いた体質が、最初は、ほんの少しのごまかしだったかもしれませんが、長い間にそれが当たり前になってしまった典型です。

 明日は、年金制度の抜本改革について私見をまとめます。
 
 話は変わりますが、昨日、宮崎市中西町の「焼肉まい」で座談会をしてくださいました。写真は、その様子です。私が県議になる前から、お世話になっています。「松下を呼んで話を聞いてみよう」と誘ってくださる会を募ってます。よろしくお願いします。
 

年金制度改革について2
(2004.04.23)
 「グリーンピア事業」を行ってきた年金資金運用基金は、年金官僚が築き上げた最大級の年金利権といっていいでしょう。理事長をはじめ、77名の年金官僚OBが天下っているこの特殊法人に、これまで年金から、事業資金や運営経費として約39兆9千億円もの資金が流れ込みました。この年金資金運用基金だけで、これまでに約7兆8600億円もの基金を食いつぶしてきました。

 年金資金運用基金は、次の三つの事業を行ってきました。まず、年金加入者や受給者に保養施設を提供する「大規模年金保養施設基地(グリーンピア)事業」次に、年金加入者などに融資を行なう「融資事業」そして、年金財源を増やすために株式などで運用する「資金運用事業」ですが、すべてが壊滅的な状況にあると聞きます。

 中でも、「年金利用者の福祉を増進する」ことを目的に全国13箇所(本県でも都城市に設置)作られたこのグリーンピアをしっかり分析すて参ります。
年金制度改革について1
(2004.04.22)
 私たちの生活に直結する年金制度について、今国会で改革法案が審議されます。
 いまや国民年金未納者は4割にせまり、未積立金はなんと450兆円にも膨らんでいます。
 年金は、やがて破綻するのではないか、という不安と不信が国民の間に広がっているのは当然です。

 政府案をみますと、いま約13.6%の保険料率を上限で18.3%まで引き上げ、厚生年金のモデル給付を年収の59.3%から50%にまで切り下げることになっています。

 厚生労働者が「抜本改正」と称して今までやってきたことは、基本的にはたったひとつです。すなわち、年金加入者の負担を増やし、受給者の給付を減らす。つまり、自分たちの無為無策のツケを、片っ端から加入者と受給者に回してきたわけです。

 私のマニフェストでもしっかり示します。
今日は、都城、北諸県郡にお邪魔します。
(2004.04.21)
 昨日は、まず、五ヶ瀬に登り役場を中心に挨拶回りをして、延岡市島浦まで渡りました。
 同じ年の政治家志望、延岡市のS君が、同行をかって出てくれて助かりました。道中、すっかり意気投合し、励まされてたり、相談したりしながら丸一日付き合ってくれました。

 また、行く先々で、懐かしい方との再会や思いがけずご紹介くださったり、挨拶の機会を作ってくださったりと人の情けに感謝してます。
 有難うございました。
 さらに、私の名刺を机に張ってあったぞと、別に挨拶回りをされていた方から携帯に連絡をいただきました。
 最初の選挙の時、公の選挙運動ができない県職員(先輩、同僚皆さん)の方々が、私の名刺を机に張ってくださり、相当な話題になったことを思い出しました。

 知名度のない私ですが、善意の多くの方に支えられて、今日も活動します。そして、そのご恩は、いつの日か、政治の場でしっかりお返しします。

 今日は、都城、北諸県郡にお伺いします。よろしくお願いします。
県内各地にお伺いします。
(2004.04.20)
 体力の限界に挑戦!県内各地に出向いてまいります。今日は、6時9分始発の特急にちりんに飛び乗り、県北へ参ります。西臼杵地区、北川町、北浦町、北方町の皆さんにお逢いし、地域の実情などを勉強します。

 県の機関は、県職、県議時代のお礼も込めて、全てお伺いする予定です。
 今回は、アポイントなしでの挨拶回り失礼します。私の携帯、090−4518−5217です。何かございましたら、ご連絡ください。可能な限りお伺いします。
ボランティア募集〜宮崎事務所
(2004.04.19)
 今の政治を変えるのはあなたです。松下新平応援団事務所では、お手伝いをしてくださる方を随時募集しています。定期的にではなく、1時間でも2時間でもかまいません。あなたのできる範囲でご協力ください。
 組織の力を借りない、利害を断ち切るクリーンな政治活動をする松下新平に、どうかみなさまお一人お一人の大きな力を貸してください。

 主なボランティアは、
・ 事務所のお世話をしてくれる人
・ 自宅にポスターをはってくれる人
・ ご近所などにちらしを配ってくれる人
・ 絵(イラスト)写真の得意な人
・ パソコンの得意な人
・ イベントのお手伝いをしてくれる人
・ 街頭演説で一緒に立ってくれる人
・ 広報車を運転してくれる人
・ 「新平プレス」を封筒に入れたり、切手を貼ってくれる人

 時代の大きな転換期、この宮崎の移り変わりを一緒に体感しましょう。

 又、4月25日(日)18時からホテルメリージュにて、「第1回宮崎地区若者の集い」を実施します。申し訳ありませんが、会費は負担していただきます。
 今までの、選挙の集会は、仕事で疲れているのに、会社や組織の命令でいやいや動員されていました。これでは、余計に政治離れに拍車がかかります。
 従来の集会のイメージを払拭し、元気の出る、来て良かったといっていただける内容にしていきたいと思います。よろしかったら、ご参加ください。
 その中でもボランティアを広く呼びかける予定です。
延岡 今山大師祭をお参りして
(2004.04.18)
 この日本一の弘法大師銅像は、今から約50年前の昭和32年に「戦後復興」と「世界平和」を願う有縁多数の人々の浄財によって建立されてそうです。
 ちょうど、延岡で用事もあり、金土日と開催されました「お大師さん」に家族で訪れました。

 土曜の夕方、地元の方に連れられながら、延岡の街に出向きました。延岡には、14の商店街があるそうですが、その内、5箇所(中央、祇園、山下、栄町、幸町)を訪ねました。

 失業率、自己破産率、離婚率など全国の中でも大変厳しい状況にあるとおり、商店街の皆さまの訴えは、どれも切実でした。
 特に、税金の使われ方に疑問の声が多数あり、この商店街の活性化なくして延岡の発展はないのですから、地元の行政、議会の皆さんと商店街、住民の皆さんとそれぞれの連携をしっかり取りつつ、思い切った施策が急がれます。

 また、厳しい社会環境の分、政治に対する期待も大きく、宮崎のよどんだ政治を一掃してほしいとの懇願に、改めて意を強くしました。

 「人は助け合い、励ましあって生きて行く。」あるチラシをみました。大切な心を忘れぬために念じます。先祖、両親、恩師、友人、家族、仕事・・・のお蔭。大自然の恵みに日々感謝。安心と繁栄のために祈ります。
 戦後約60年、今ほど、世界平和を願う気運が広がることはありません。今、何を伝え、何を守り、何を育てるのか。お大師さんに手を合わせると、自然に体に入ってきます。
ポスターなどの撮影会
(2004.04.17)
 昨日は、汗ばむほどの陽気になりました。宮崎らしい空、絶好の撮影日和のもと、選挙用ポスターの撮影会をしました。
 通常、政治家の選挙ポスターは、面白みのないスーツ姿で、ぎこちない笑みを浮かべてハイチーズが定番ですが、イメージ選挙を重視するわが撮影隊は、一味違います。

 まずは、一昨日、ボンベルタ橘で、スタイリストのゴエチャンこと川越和彦さん、フリーカメラマンの羽佐間尚久さん、アートディレクター出水洋一郎さんと入念な打ち合わせの後、それぞれ行動開始。洋服探索や撮影場所の選定などなど・・・。彼らは、凄い。物凄くやる、とにかくやる。
 
 そして、昨日、午後1時過ぎに、県立芸術劇場広場に集合。若葉の生い茂る絶好のシャーターポイントをバックに、私は言われるがままに指定された服に着替え、ナイスショット。子ども連れのお母さんたちの不可解に思う様子を尻目に、パチリ、パチリ。色んなポーズで結構、本人は、アイドル気取りで楽しませてもらいました。約2時間で終了。

 普通なら、これでお疲れ様なのですが、今回は力の入れようが違います。次の撮影場所の県議会本会議場へ直行。この場所は、壁や天井に県産材がふんだんに用いられ照明の状況もあり、温かい色合いをだすのにいいそうです。上着だけスーツに着替え、ネクタイとシャツを選定し、ナイスショット。

 そして、次ぎもあるんです。最後のロケ地は、宮崎の海。太平洋を眺め、宮崎のあるべき姿、日本の未来を考える男がひとり・・・。

 といったところで、午後5時近くまでかかりましたが、無事クランクアップ。土、日で作業し、月曜日に入稿、木曜日中に完成する予定です。どうぞご期待ください。ご希望の方は、メールでu承ります。

 ザ・選挙。宮崎の政治を選挙から変えます。写真は、必殺仕掛け人で宮崎のアートを担う輩です。ただものではありません。要注意!! 
「やるやる詐欺」と「出す出す詐欺」
(2004.04.16)
 先日行われました自民党と民主党との党首討論で、民主党の菅代表が小泉総理に対して「やるやる詐欺だ」とのたとえ話が波紋を広げています。与野党の第一党の党首同士が激しく論戦するのは結構ですが、言うに事欠いて一国の総理を詐欺師呼ばわりした菅代表を、国民のみなさんはどう評価するのでしょうか。

 ここまで複雑になっている日本のような近代国家で、しかも民主的手続きを重視した議院内閣制では、総理の一存で何でも決められるわけでも、実行できるわけでもありません。それを「小泉総理はやるやるといいながら、やらない」などと難癖をつけて、詐欺師呼ばわりするのであれば、菅さん自身が厚生大臣として入閣した際に、本当に「やる」といったことを全てやったのか、少しは自省してもらいたいものです。

 <こんな人を総理にできるか?>
 こういう表現を使用することを普及させたいなら、民主党も自分のことを「出す出す詐欺」とか「とるとる詐欺」とでも表現されてしまいます。
 年金改革の対案も「出す出す」と昨年からいいながら、結局最近まで出なかったし、出てきた対案にも負担や給付の数字を「出す出す」といいながら、結局いまだに具体的に出ていません(民主党対案の法律案の中の具体的数字は2箇所です。1つは、「20歳」で、もう一つは「平成20年」。それだけです。)出す出すといって出さない民主党も詐欺と言われても仕方ありません。

 活発な議論は大いに結構ですが、『品』も大事です。自省も込めて、更に自身を磨いてまいります。

 イラクでの邦人人質解放は、安心しました。関係される皆さんのご努力に敬意を表します。
本日、県議会議員を辞職します
(2004.04.15)
 今日は、新年度の役員構成(副議長や各常任委員会委員長ポストなど)を決める今年度初めての県議会本会議です。厳しい財政状況のなかでスタートですが、例年にも増して気を引き締めて取り組まなければなりません。こういうときだからこそ県議会の底力を発揮し、県民の皆さんのご期待にお応えしなければなりません。

 又、今日は、私の県議会議員としての最後の日となります。平成11年4月就任でしたので、丸5年間になります。
 昨晩は、地元高岡で、亡父の同窓会があって出席しました。ちょうど、最初の県議選の告示の2ヶ月前に出席して依頼、毎年亡父に代わり参加しています。
 
 当時、現職の方に気兼ねする厳しい選挙戦でしたが、私の親父やおふくろのように私に接してくださいますこの会が奮起して、見る見るうちに火が付き、最初の選挙の当選があったわけで、現在があるのも、そのお陰があってのことと、忘れることはありません。

 そして、平成15年の2期目の選挙も立派な成績で押し上げてくださいました。そんな、多くの方の思いをいっぱい詰め込んだバッジだからこそ、それを外すのはとても申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 しかし、私は、政治の役割の中で、皆さんに納得のいく姿で評価していただくよう前に進むのみです。退路を断ったのですから。
 そんな、思いで、元気よく、最後のご挨拶をしてまいります。
県議会 由利先輩が副議長へ
(2004.04.14)
 15日の役員構成を決める臨時議会を前に、自民党会派は、由利先輩を副議長へ推挙することを決めました。
 由利先輩の政治センスは抜群で、とっくに、国政で活躍されている政治家だと思います。

 明日の臨時議会で、私の辞任が正式に決まります。ご挨拶させていただく機会もつくっていただきました。宮崎県議会のますますのご発展をお祈りします。
イラクでの日本人拘束に考える2
(2004.04.13)
 問題は今後です。そうはいっても、このまま自衛隊を駐留し続ければ、本件と同様の、いやそれ以上のテロを誘発する可能性もあります。まさに、「退くも地獄、進むも地獄」です。
 
 これが戦争の実態なのです。なぜ歴史の教訓に学ばなかったのでしょうか。今回の事件も、日本は「卑劣な行為」と非難しますが、コインの裏側を見れば、この一週間で、同じような罪のないイラク市民が既に400人以上米軍により殺害され、イラク戦争全体では、一万人以上の民間犠牲者が出ているのです。どちらにも正義はありません。

そろそろ、今回の事件に教訓を得て、泥沼化から脱出するため、政府は自衛隊の撤退準備に入るべきでしょう。人道復興支援といっても、今のイラクの情勢では、自衛隊も宿営地に引きこもらざるをえない実態でもあります。

 だから、テロとは切り離し、表向きの理屈をつけ撤退するのです。イラク人主体の政府への主権移譲の時、6月末を目途としてもいい。自衛隊の人道復興支援に一応の目途がついたと言ってもいい。テロには屈しない形で撤退するのです。実利上も、38ヶ国中、既にニカラグア(2月末)、シンガポール(4月初)が撤退しました。

 スペイン(6月末)やニュージーランド(9月)も予定している。カザフスタンやタイも検討中だ。
 政局ではなく、「退く勇気」を小泉首相に求めたい。
イラクでの日本人拘束に考える1
(2004.04.12)
 イラクで日本人三人が拘束されました。これを書いている時点で、人質の解放は未だ確認されていません。歴史上、想定はされていましたが、実際に起こってみると、いろいろ考えさせられました。家族の方々の真剣な訴えを聞いていると、やはり「人命は重い」です。
 
 ここで退けば、テロリストに甘く見られ、他のテロリストを含め、さらなるテロが日本を対象に起こると頭ではわかっていても、です。
 
 テロリストの値段をつりあげる、英雄にする、まさに思う壺になることは、欧米では絶対に許されないことです。そのために、テロリストと交渉はおろか、連絡さえとらない主義の国もあると聞きます。
 私も含めて、日本人にはあまりこうした経験がないためか、少々甘いのかもしれません。

 最初にはっきりさせておきたいことは、これは、イラクへの自衛隊派遣が招いた結果であるということです。
 この点、福田官房長官が記者会見で、「自衛隊派遣をしなかったら、この事件は起きなかったんですか?そうじゃないでしょう。テロはどこでも起こりうるんですから」と開き直ったのはいただけません。 
 
 また、この事態は、当然、小泉首相が派遣を決断するに当たって事前に想定できたものです。何も自衛隊への襲撃や国内テロだけを考慮に入れていたわけでもないでしょう。それだけの覚悟をもって決断したはずだし、そうでなければ無責任というものでしょう。

 ただ、「テロには屈しない」、「撤退はしない」という方針には、賛成です。家族の悲痛な叫びを聞けば心が痛みます。しかし、このコラムでも前に述べたように、テロリストの要求を飲めば、テロリストを鼓舞し、日本の弱みにつけこみ、更なる日本人対象のテロを生むことになります。
 
 また、38番目に1000人程度の自衛隊をイラクの片隅に派遣しても、世界のほとんどは知りませんでしたが、今回の事件は全世界にトップニュースとして駆けめぐり、日本の一挙手一投足が注目されました。そこでテロに脅迫されて退けば、「やはりテロに弱い臆病者国家」の烙印を押されるのは必至です。日本にはダッカ事件という苦い経験があります。

 ただ、そうは言っても「撤退せず」と言って、手をこまねいているわけにはいきません。
原点の帰る2
(2004.04.11)
 今回の自衛隊のイラク派遣にも、同様のことが言えます。戦後制定された日本国憲法は、制定にあたり様々な経緯があったにせよ、全文を含め、平和を愛する人類の崇高な理念を謳(うた)っていることは間違いありません。しかし、過去50余年のうちに、その解釈が少しずつ変化を遂げ、現在では、現憲法下で自衛隊のイラク派遣が可能であるとされています。

 護憲派とか改憲派という議論は別にして、今回の決断にあたり、一度憲法の原点に戻り、その理念がいかなるものかということを、よく考えて見る必要があったのではないかと思うのです。

 企業経営であれ、私たちの人生であれ、登山の例で述べたように、迷走や遭難を回避するためには、その岐路に立ったときに、「何のためなのか」「何をめざしているのか」と「原点」に立ち戻り、考えていくことが大切です。その結果、必要とあらば、それまでの判断を敢(あ)えて修正すことも厭(いと)わないということが、真の勇気ある行為だと考えています。

 数多(あまた)の情報が飛び交い、過去に経験したことがない事態に遭遇することがしばしばある現在、私たちはつい目先の現象面だけに心を奪われ、判断を誤りがちです。しかし、混迷を深める現代であるからこそ、一見迂遠(うえん)に思えるものの、この「原点に帰る」ということが、最も大切なことであると、私は改めて強く感じています。(致知より引用)
原点に帰る1 
(2004.04.10)
 寒い地方でも、山開きが始まりました。 
 山登りではガスの発生など急激な天候変化により、登頂ルートが分からなくなり、分岐点で迷ってしまうことがあるそうです。そんなときには、来た道を戻る、つまり「原点に帰る」ことが鉄則だと言われています。もし、「おかしい」と感じつつも先に進んでいくと、遭難という事態を迎えかねないともいいます。

 昨今の、国内外を問わず、多くの企業で発生している不祥事の原因も、同じだと思います。各企業では、不祥事をなくすために、新たな仕組みの構築やルールの制定など、様々な対策を実施しようとしています。しかし、そのような対策だけで、企業不祥事が根絶されるとは思いません。

 もともと、それらの不祥事を引き起こした企業にも、反社会的行為を許容しない、明確な判断基準があったはずです。しかし、あるとき、「これくらいは許されるだろう」と、少しだけその判断基準のハードルを押し下げたところ、それが通ってしまった。そして、一度でも修正がまかり通ると、基準は変えてもいいのだと皆が思うようになる。

 こうして、小さな修正が繰り返されていくうちに、いつの間にか当初の原点ともいうべき判断基準から見れば、大きく逸脱した行為が、悪いことをしているという意識もなく、行われるようになってしまう。これが多くの企業不祥事の原因ではないかと思うのです。(致知より引用)
イラクで、邦人が拘束される
(2004.04.09)
 恐れていた事態が発生しました。3名の日本人が拘束されました。そのうちの一人が本県出身だそうで、故井ノ上書記官同様、ご家族の心中を思うと言葉はありません。

 私の、イラクへの自衛隊派遣については、こう申し述べてまいりました。
 自衛隊派遣の選択は基本的には同意します。対米追従以外に戦略を持たない現状では、行かない選択がもたらすリスクが大きすぎます。しかし、それは主体的な選択ではありません。主体的な選択はこれからやってくる、民間企業が進出し、イラク国内に就職の機会を拡大し、石油輸入や貿易を通しイラク経済復活を助け、中東に平和をもたらすことです。
 今後大きな事情変更があり、引き揚げる決断をする事態では、引かなければなりません。その時は、米国にも過ちを認めろと言うときでもあります。
 国民への説得の成否は最大の歯止です。事情が変わったとき過去にこだわらず執着しない選択をすることが、二度と戦争を起こさないと誓った憲法の意味だと信じるからです。

 80歳前後の方が「最近の感じは戦前の雰囲気に似てきた」と語ります。ナショナリズム(国家主義)が急速にきな臭さを放ち始めたことを感じているからでしょう。現実の政治は台頭してきたナショナリズムと最近のポピュリズム(民衆迎合)政治を混ぜ合わせたかのようです。
どっちに転がるか分からないような状況に放置してきたのは明らかに戦後政治の怠慢としか言いようがありません。
 やはり、政治の現状、政治家への不信にあります。

 今回の期限付きで投げつけられた政治判断は、テロに屈しないと言う意味で「ノー」でしょうが、「勇気ある撤退」も選択肢には置いておかなければなりません。唯一の被爆国として同じ過ちを繰り返してはなりません。
風に立つ〜参院選続報
(2004.04.08)
 ホームページで参議院選挙アラカルトのコーナーを設けました。選挙にいかれたことない人が見ても分かる内容から玄人向けの情報まで、随時提供してまいります。是非ご覧ください。

 また、募集しておりました後援会連絡所の看板についての様々なご提案ありがとうございました。皆さんのご意見を参考しさせていただきながら、ご覧(携帯では見れません。すいません)のように決定し、発注しました。間もなく登場します。「街に立つ」、です。

 宮崎が誇る青い空、青い海のカラーで、今年の私のラッキーカラーでもあるスカイブルーを基調に、「新しい時代に新しい世代が新しい価値観を育てる」という言葉を裏面で使用し、斬新かつ機動性で『未来に夢を託す期待』を盛り込みました。

 現在、マニフェストを盛り込んだパンフレットも作成中です。選挙のときだけ頭を下げて、選挙のときだけ都合のいいことを言って、後は、あぐらをかいてきた従来の政治の反省の上に立ち、自らも責任を明確に、あえて政治的なリスクを覚悟の上で、しっかり、アピールしてまいります。 
県内挨拶回りスタート
(2004.04.07)
 県内を精力的に訪問します。県全体の面積的な広さは認識しているつもりですが、まだ、実際どういうことになるのか想像もつきません。ただ、最初は、とにかく一人でも多くの方とお逢いし、私を見ていただくことが先決です。

 そして、県民の皆さんの声をいただき、分析し、それを尊重し、私の考えをマッチさせたマニフェストを作成します。また、同時に、広く支持を募る活動もしてまいります。

 毎年訪れる春ですが、特に、今年の春は、木々が草花が瑞々(みずみず)しく映ります。
 連絡所の看板が間もなく出来ます。県内30箇所設置いたします。斬新な発想で提供します。乞うご期待!

 室内ポスター、掲示板のポスターは、宮崎のスカイブルーをイメージしたものを考えています。名刺が、森でしたので、山から海と宮崎の潜在する美しさ、神秘性、可能性、息吹・・・。
 皆さんのアイデアを募集しています。一緒に考えてくださる方募集中です。
参議院議員選挙正式表明、そして
(2004.04.06)
 県議会議員辞職届、自由民主党離党届を提出しました。米良議長や自民党県連の河野事務局長が温かく励ましてくださり、余計にこの決断の重みを感じました。それそれ、たくさんの方々との出逢いをいただき、さまざまな経験をさせていただきました。大変お世話になりました。

 既存の政党それぞれ、その先に見ているものは、確たる日本、確たる宮崎がほしいことで共通しています。国においては、米国等の追従ではなく日本の、郷土においては全国の動向ではなく宮崎自身にこうしたいという将来像や夢があり、本来そのためにどうするのかの論争でなければいけません。

 この時代の大きな転換期は、国、地方に携わる政治家が、一時的には大衆に不人気であっても「国家百年」の将来を見据えて、必要な「大政策」を、次々と断行できる期間でもあると思います。

 しっかりとその役割を全うしたい決意でいっぱいです。 
地元後援会の支持を受け本日、正式記者発表
(2004.04.05)
 まずは、今まで生み、育て、支えていただきました地元後援会の皆さまに私の思いを伝えるべく、昨日、緊急報告会を開催しました。
 基本的に、いわゆる「動員」は一切しておりませんで、自らのご判断で約100名の方のご出席でした。
 「出席は出来ないが、あなたの決意の手紙を見て、理解したので応援する。」との声もたくさんいただきました。

 私の思い、県議と両立しないこと、しかし、さらに、力をつけて、郷土のために頑張ることをご理解、お約束しました。
 すぐに100%とまではいきませんが、私の決意を尊重してくださることに感謝しますと同時に責任は重いけれども、いかなる困難にも屈することなく前に進むことを硬く決意しました。

 本日、午後2時から、県政記者室に起きまして、正式に立候補の表明をいたします。大安吉日、墓参りを済ませ、すがすがしい気持ちでスタートします。
本日、地元報告会を開催します。
(2004.04.04)
 発表前に、今回の経緯とその思いを直接、地元の皆さんにお伝えします緊急集会を開催します。
 県議会議員と言う政治生命の使い方は、いただいた皆さんと共有するものですので、当然、皆さんが納得するかたちで行使していかなければなりません。

 月曜日に一部新聞で報道されました時には、ほとんどの地元の方は、寝耳に水の状態でしたでしょう。
 「その時はびっくりした。まだ、早いんじゃないか。と思ったが、宮崎や延岡の知り合いから今回は絶対反対せんでくれと懇願された。今の宮崎の状態を聞いたり、よくよく考えてみると今回のことは納得した。納得したからには、地元として精一杯の応援をするわ。」

 やはり、いつの時代も、戦(いくさ)は、身内、地元が燃えないと全体の士気があがりません。
 そう言う意味で、今日は、直接、私の思いをお伝えし、納得いただけた皆さんには、今後のお力添えをお願いしたいです。

 せっかく咲いた桜の花びらが、小雨にぬれています。それがまた見事です。春はあなたのお陰で前向きになれます。あなたのお陰で、いいスタートがきれそうです。
春爛漫!
(2004.04.03)
 ちょうど今週末は桜が見ごろです。4月はスタートの時でもあり、各地で歓迎会やお祝い行事が開催されます。
 春は、年間で一番、草花が咲き誇り、人が希望に胸を躍らせます。そのエネルギーが大きなうねりとなって、日本全体を何となく心地よい気分にしてくれます。

 今回の私の立候補に際して、「私も元気が出た。」「よし俺に任せろ。」など自らのエネルギーとして捉えていただく方もたくさんいらっしゃいます。

 文字通り、閉塞した宮崎の起爆剤になれば幸いです。しかし、それだけではいけません。もちろん、この選挙に勝利することに私の力の限りで臨みます。万が一負けると宮崎は、更に10年遅れてしまいます。
 
 『春風や闘志抱きて丘に立つ』
 正岡子規の詩を地元の小学校の先生が思いを込めて自筆でわざわざ届けてくださいました。とてもとても元気が出ました。
 高岡事務所の正面にある亡父松下渉の選挙ポスターの脇に掲げさせていただきました。

 そうです。春風のように誹謗中傷のない、お金のかけないすがすがしく、それでいて、熱くしっかり宮崎、日本を良くする闘志をみなぎらせる選挙を心掛けたいです。それが、まずは、21世紀に価値の出る宮崎のスタートなのですから・・・。
参議院議員選挙立候補記事の反響、そして・・・
(2004.04.02)
 宮崎日日新聞社と朝日新聞社の朝刊に掲載されました。すごい反響でした。このHPのアクセス件数約400(通常は、約60件)、私の携帯電話、メール約100件(通常は、約10件)、事務所、自宅の電話や来訪、妻の携帯にも普段の何倍もの反響がありました。

 そのほとんどが、激励でした。中には、大変心配されての連絡でしたが、話をする中で、ご理解をいただきました。

 私は、普段どおり、朝5時に起床し、このコラムを書き、新聞や書類に目を通し、7時からの街頭演説に出かけました。
 場所の予定を変更し、朝の街頭演説の出発点である「本庄橋のたもと」で演説を始めました。

 車の中から、私が掲載された新聞を掲げて激励してくださったり、車から身を乗り出して大きな声で励ましてくださったり、すごい反響でした。

 人生において皆さんもさまざまな決断があるのでしょうが、人間誰しも決して強くありません。その分、このような激励は大変ありがたく、その人の背中を強く、温かく押してくれます。

 何人かの方が、亡父松下渉のことを話してくださいました。亡父は、私が、中学生の時に、当時県議会議員に一度落選の後、初当選してまもなく、これから貢献しようとしていた矢先に、病に倒れました。44歳でした。

 多くの皆さんに愛されていた父と一緒に夢を語り、希望に胸を膨らませていた当時の様子をお聞きすると、胸が熱くなります。叶わなかった父の夢の分まで頑張りますと心に秘め紆余曲折はありましたが県議会議員として活動してまいりました。ここまで、父が親しくさせていた皆さんに支えていただいております。

 悩むと父が眠る墓に自然と足が向きます。最近は、その回数が増えました。 今回の決断に至る過程におきましたも、大きな地球のエネルギーを感じます。

 皆さんの励ましに感謝しながら、改めて、責任の重さを痛感しました。がんばります。
 
急告、参議院選挙へ立候補します
(2004.04.01)
 私は、このたび、宮崎県議会議員を辞職し、自由民主党を離党し、夏に実施されます参議院議員選挙に宮崎選挙区から立候補する決意をいたしました。
 4月4日(日)に地元後援会へ緊急説明会を開き、4月5日(月)に記者発表いたします。

 これまで、連日、深夜に及ぶさまざまな議論の場を持ってきました。今の宮崎の現状を憂い、将来のあるべき姿を創ろうというエネルギーは充満していますが、その行動を誰が担うかについて幅広く議論されてきました。

 私は本当に悩みました。地元東諸の支持者の方だけでなく、広く有権者の方々からいただいている県議会議員としての責任が私にはあります。参議院選挙に出るということになれば、両立する話ではありません。

 政治生命とは、支持をして下さっている方々に納得をしていただけるような使い方をすることである。粗末にしないで政治生命を燃やしていく。それが私が出した結論です。

 私は、今の宮崎に最も欠けているのは、「正しいことは正しい、間違っていることは間違っているとはっきりものを言い行動する政治家の存在だ」と思います。

 今、時代は、大きな転換期にあります。これから日本は、かつて経験したことのない社会構造、環境が到来します。まもなく日本の人口は減少していきますし、少子高齢化が予測をはるかに超えるスピードで押し寄せてきます。バブル崩壊後、人々の価値観が変わりましたし、何が大切で、何を残していくかなど、新しい価値観の創造が必要です。

 全国各地で、経験は少ないけれども、旧来の枠に閉じこもらない若い政治家が、新しい発想で新しい価値観をつくる活動が既に始まっています。
 この愛する郷土宮崎で、その使命が、役割が私にあるのなら、責任は重いけれども、行動すべきと結論に達しました。

 これまでには、多くの貴重な意見がありました。
 「まだ早い、何を急ぐんだ。順番が必ず来る。政治生命を絶たれるぞ。」などど、私自身の今後や家族、生活まで心配をいただきました。その方々には、大変ありがたいと思っています。しかし、自分の損得で、将来があるから、今目の前のこの閉塞感を黙ってみているのでは、私の政治姿勢に反しますし、これでは政治家失格だと思いました。たとえ、将来チャンスがあったとしても良い仕事はできないだろうと直感します。
 地域のために貢献したいという気持ちでこれまでもやってきたわけですから、当然、それに叶うものならば、まっすぐ行動することこそが私の選択すべき道であります。

 「また、松下お前の政治は理想だ。政治はそんなに甘くない。」と先輩議員に言われことがあります。確かに、理想かもしれませんが、現実にその理想を掲げて実行している政治家が各地で活躍はじめてきました。実現できない理想ではないと確信します。

 むしろ、大きな転換期には、この理想こそが求められています。
 宮崎も例外ではありません。むしろ、自然や文化が残っている宮崎こそ、21世紀に大きな価値が出てくるのだと思います。
 
 今回、無所属での立候補を考えています。
 私は、現実の政治活動をする中で、既成の政党ではその有権者の皆さんの受け皿の役割をきちんと果たしていない。と感じていました。
 これは、日本全体のことでもあるでしょう。将来必ず、その受け皿としての政界再編が行われてると信じます。
 政界再編が行われて、いわば、他力本願で、誰かがやってくれるだろうという考えでは、宮崎の将来は暗いと思います。
 むしろ、保守が強いといわれる宮崎から行動を起こし、地方から風を起こすことが、宮崎の将来を明るいものにする原動力となると確信するのです。
 
 今回の私の行動に対して、怒られる方もいらっしゃるでしょうが、今すぐには無理でも、将来はきっと理解していただけるようあらゆる努力をする覚悟です。
 確かに、私と最初から、行動を一緒にしてくださる方は少ないかもしれませんが、この思いをされている方は決して少なくないと思います。また、この結果を期待し、結果が出たら一緒に行動できる、たくさんの方がいらっしゃると信じます。

 政治家が安易に相乗りし、物を言わない、行動できないとするならば、私は政治家をやっている意味はありません。このことを考えた時、あえて困難な挑戦かもしれませんが、多くの支持者、多くの有権者が声なき声を持っている、その声に応えるのが私の使命なのだということに免じてお許しいただきたいと、お願いを申し上げます。