−教育問題−
独創性に富み、元気な子どもを育てるには、教育制度の自由化を行わなければなりません。
小学校の図画の授業で一人の子どもがピンク色の机を描き、またある子どもは、テストで「雪が融けたら何になる」という問題に、「春になる」と答えました。何ともユニークな絵であり、すてきな答えではないでしょうか。しかし、ピンクの机を描いた子どもは先生に叱られ、「春になる」と答えた子どもは答案用紙に「バツ」をつけられたのです。子どもの個性や創造性は、ほとんど評価されないのが現状の教育です。
子どもたちは住民票をもとに決められた学校に通わせられ、文部科学省が決めた膨大で画一的なカリキュラムをぎゅうぎゅうに詰め込まれ、時には熱意のない先生に当たることもあります。「嫌な学校」で「嫌な科目」を「嫌な先生」に教わり、子どもは自分たちの個性や創造性を認められない。これでは苦痛を感じるのは当たり前です。いじめや刃物による悲惨な事件は、学校から逃避したいという子供たちの気持ちのあらわれではないでしょうか。
近代化が終わり、高度に経済発展をとげた現在の日本に、昔ながらの硬直的な教育制度は必要ありません。子どもが自らの個性と創造性をのばすことができるように、子どもや親が自発的に学校や先生を選べる教育の自由化が、いま求められているのです。
具体的にはまず、学区制を廃止して自由に学校を選べるようにします。学校には、生徒数に応じて国から助成金を配布し、その使い途は各学校の自由裁量にまかせます。これによって学校間に教育サービス向上の競争が始まるでしょう。次に、私学の設立を自由化します。全科目を教える学校でも、数学と理科を中心に教える学校でも、スポーツを中心に教える学校でもかまいません。
不登校などで学校に行けない子どもたちが、家庭で教育課程の履修を行なうことを認めるホームエデュケーション制度も導入すべきです。義務教育のレベルを保つには、国が「義務教育達成度検定試験」を実施し、その基準に到達すれば、義務教育を習得したと認定すれば問題ありません。もっとも大事なことは、教育する側が教育される側を選ぶのではなく、教育される側が教育する側を選ぶことです。
教育の自由化によって、子どもたちは「自由」と「自分」を回復できるでしょう。しかし、「自由」であることは、「責任」をもつことであり、「自分」を尊重することは「他人」や「社会」を尊重することです。ですから、利他の精神や礼節といった人間としての骨格を作り上げる教育も、学校のみならず家庭や社会においても進めていくことが肝要となります。
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