| 2001年5月【新平コラム】<<【新平コラム】リスト |
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| 5月30日(水) |
月曜火曜と久々に、上京していっぱい刺激を受けてきました。小泉政権になってずいぶん永田町も雰囲気が変わったように思いました。
月曜日の夜は、「参議院議員 橋本聖子さんを励ます会」が赤坂プリンスで開催され、全国から、2千3百人を超える方が来場されました。
印象的であったのは、政治を志した時のピュアな気持ちを大切に手抜きをせず取り組んでいること。現役国会議員としては、50年ぶりに出産をし、一母親としても100%に近い気持ちで子供に接し、その経験から、現代の閉塞感を打破するための方策として、21世紀を、母性の時代だ位置付け取り組んでいることでした。
火曜日は、衆議院議員 中田宏さん(36歳 神奈川8区3期 無所属 松下政経塾出身)の活動を勉強させてもらいました。
初当選以来8年間、毎朝、7時から9時まで真剣勝負で、駅前で街頭演説をされています。
氏も、現在の閉塞政治の打破を訴えています。
「分かっちゃいるけど物は言わない。分っやいるけど行動しない。分かっちゃいるけど知らんぷり。なにも政治だけでなく、会社や地域でも閉塞感があります。これに一番効く薬は、正しいことは、ただしいものとして行動する、是々非々で判断すること」と言い切ります。
一地方議員としても、「恐れず、まどわず、とらわれず、そしてあきらめずの精神で是々非々で行動することの重要性を改めて感じました。勇気もわきます。
上京の際お世話いただいた皆さんありがとうございました。 |
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| 5月27日(日) |
26日から第55回県民体育大会が開催され、県内各地で熱戦が繰り広げられました。
実は、私も な、な、なんと県体に初出場しました。
さて問題です。100`超の私が出場したその種目とは?
ちなみに、私のスポーツ歴は、小学1年生から中学3年生まで9年間、剣道に明け暮れ、高校3年間は、甲子園を目指し、高校野球に打ち込みました。
その後大学では、新聞奨学生と総合ダンススクール通いで、多分しなやかでした。社会人となってからも、早朝野球を初め、昼休みバレーなど、常に体は動かしていました。
現在も、なんとか県議会野球チームとサッカーチームに属しています。(希望してないのになぜかキャッチャーとゴールキーパー)
お待たせしました、答えは、「フェンシング」です。
東諸県郡に、オリンピック選手の久保紀子選手(本庄高校教諭)と世界選手権出場の永田瑞枝選手(高岡中学校教諭)が、フェンシングの普及のため活動しておられ、私は、地元議員として、また、応援団として、県の会長を昨年度から引き受けておりました。
名ばかりの会長ではいけないと、体を張って頑張ろうと、何回かの練習に、厳しい合宿にも参加し、選手と一緒に汗を流しておりました。
試合当日は、会長としての挨拶を済ませホッとしていたところ、突然の指名(はめられた!)があり、ぶっつけ本番で、初出場(体験)させていただきました。
結果は、オープン参加の本庄高校女子生徒の節政選手に5−2で完敗しました。
県フェンシング協会では、初体験者大歓迎の参加者を募集しています。
是非、ご一報ください。「来年、県体で逢いましょう。」
28日に上京して、「参議院議員 橋本聖子を励ます会」に出席します。
また、29日帰ってきてから報告します。今週もみなさん頑張りましょう。 |
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| 5月22日(火) |
月火の2日間、自民党県議団勉強会が開催されました。これは、年4回の定例県議会前に開催されます。内容は、自民党県議団から取り組みたい課題やマスコミで発表された内容等についてあらかじめ問題提起し、県執行部と非公式に勉強会をするものです。
ここで、その一部を報告します。なお、全体の報告は、後日このHPの県議会報告に記載します。
福祉保健部 骨髄バンクの県内の状況について
松下:突然かかる白血病等の患者にとって唯一の有効な治療法である骨髄移植における骨髄提供希望者(ドナー)登録について、日赤は、目標ドナーを30万人としているが、現在登録者は、全国13万6千人、宮崎964人となっている。患者とドナーの血液の型が一致する可能性が高いのは、同地域といわれています。県として啓発活動はされていますが、宮崎は、全国平均をかなり下回っています。そこで、明確な目標を設定すべきではないでしょうか。
回答:骨髄提供をする場合、全身麻酔を伴うこと等から抵抗感もあり、目標の設定は、今のところ困難であります。
松下:行政としての限界もわかりますが、このままでは、登録は伸びないのではないか。今、宮崎県内でも、自ら何も出来ずにただただ同じ型を探している患者のことを思うと、一歩踏み込んでもらいたい。また、登録や提供の際に休暇制度を採用しているのは25市町村とのことですが、県内の企業についても働きかけをし、理解してもらうよう要望します。
生活環境部 NPOの優遇税制について
松下:NPO法人に対する優遇税制が10月1日から施行さfれますが、県内で認証された22の法人には、該当される見込みがありますか。
回答:現実には厳しく、全国でも良くて1割程度ではないかと思います。
松下:宮崎県内の法人には、この要件、基準には該当せず、せっかくの規定が、なんにもなりません。善意で集めた会費や寄付から税金を払わなければならない現実があります。県としても、何らかの方策を検討すべきだと思います。県議会としても意見書を含めて対応すべきだと思います。
聖域なき構造改革が始まりました。宮崎も乗り遅れないようにしなければなりません。 |
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| 5月21日(月) |
シーガイア三原則が危なくなってきました。
当初から、有識者の間ではいわれていましたが、私自身、「再建」「再建」・・・・の言葉に翻弄され、いつしか洗脳されていたのかもしれません。
政治を担うものとしては、反省しきりです。
過日、県立美術館に「井山忠行展:熱帯」を訪ねました。井山先生が亡父の大宮高校時代の同級生ということもあって、その開催を教えてもらい、お話することができました。氏は、バリ島に魅せられそこに拠点を置き活動してこられました。
氏の作品は、現代絵画の中でも極めて独創的であり、何らかのカテゴリーに入れることは出来ない。また、その必要もない。西欧的なもの、アジア的なもの、なかんずく日本的なものが渾然としているといわれます。
氏は、宮崎の観光は、バリ島に学ぶことがたくさんあると、また、観光は精神と言い切ります。幼少時代、一ツ葉の浜であそんでいた大切な風景は今はなく、愕然としたそうです。
世界各国を渡り歩いたが、宮崎は、やっぱりフロリダにはなれない。
精神が違うのだそうです。
さーこれから正念場、シーガイアに新たな公的資金導入の声もちらほら聞こえます。
宮崎で、生まれ、育った「精神」で、岩切章太郎氏が大地に絵を描いた宮崎の歴史をもう一度見直す時期が本当にきたようです。 |
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| 5月20日(日) |
この日記もスタートして3ヶ月経とうとしています。
日記をつける習慣のなかった私ですが、皆さんの激励を頂き、アクセス件数に励まされ、なんとかここまでやってきました。
思いつきの未熟な文章にお付き合いいただいているマニアの方(失礼ですね、しかし、将来は自慢できるHPと人格になりますので・・・・・・。)改めて、お礼申し上げます。
さて、このHPで発見したのは、私自身の毎日の政治活動に対する確認と明日への活力につながることです。
さらに、パワーアップして、頑張ります。
今週から、常任委員会の視察も始まりますので、タイムリーに報告します。
天気の悪いつらい週初めですが、皆さんのご活躍を祈ります。 |
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| 5月10日(木) |
小泉総理の答弁は、気持ちいいですね。歯切れのいい発言に若手の政治家がどんなに励まされたことでしょう。
「信なくんばたたず」です。
やはり正しいと思うことを みなさん、貫きましょう。
「どんな小さなことでも、10年続けると 認められ、20年恐るべし、30年続けると歴史になる。」< |
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| 5月 9日(水) |
昨日は蒸し暑い日でした。忘れていた猛暑を予感します。痩せていないと、汗が滝のように出てつらいです。まだ間に合います、涼しい夏を迎えるためにもシェイプアップ!
8日夕方、高岡町の田原町長が任期を2年残して辞表を提出しました。田原町長は、私を県政と町政のパイプ役として大切にしてくださり、今までにない協力体制も出来上がりつつありました。また、公式行事や、冠婚葬祭ではよく隣同士で、年齢の差はありましたが、気さくに色んなお話をしてくださり、親しくして頂いていましただけに大変残念です。
役場職員から、町助役4期12年も含めて、役場在職50周年になるので、お祝い会を有志で行う矢先でした。
もやもやしていたので、久々に高岡天ヶ城に登りました。
町政のゴタゴタとは、裏腹に、大淀川を見下ろすこの絶景に、息をのみました。
この壮観さは、大所高所から物事をみる意味を教えてくれます。
いま、まつりを盛り上げようと高岡町の若者達が立ち上がろうとしています。明治維新の志士たちのように! |
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| 5月 3日(木) |
こういう妻がいた。
その夫は残業で毎晩帰りが11時近くになる。しかたがないので、小学生の子どもと2人で夕飯を食べ、父親の夕飯にはナプキンをかけておいて、先に寝るわけである。子どもが夜中に起きてトイレに行こうとして、ふとみると、父親の夕飯の脇に便せんがおいてある。
「お父さん、先に寝てごめんなさいね。冷たいけど我慢して食べてください。」
母親から父親へのお詫びのメッセージである。その子どもはそれを読んで、その後に「お父さん、ぼくらのために頑張ってくれてありがとう。体を大事にしてください。」という言葉を添えて寝た。
その子が朝起きてみると、父親の姿はすでにない。しかし、食卓の上に彼が書いた便せんがおいてあった。そして、その彼のメッセージの後に、父親の「お前たちに励まされてお父さんはとても幸せだ。頑張るからな」という言葉が残っていた。
父親の苦労を分からせるのは母親である。母親の苦労をわからせるのは父親である。
ある雑誌の「愛情の翻訳」より抜粋
社会の基本は、家庭ですね。 |