2003年5月【新平コラム】<<【新平コラム】リスト
 
5月30日(金)
 よく降る雨です。季節外れの台風上陸、葉タバコや施設園芸のハウスなど被害が心配です。今朝は、約2時間かけてパトロールしました。増水した川から逆流する箇所や家の裏山が崩壊しているケースなど、見た目はさほどではありませんが、惨事になる可能性もあるので、注意が必要です。

 今日は、地元高岡町で、穆園(ぼくえん)館(福祉保健センター)の開館式典が行われました。これは、郷土の偉人「高木兼寛先生」の稚号からとられました。

 「病人を診ずして病人を診よ」と残された言葉の、「学問のための医学ではなく、現に苦しんでいる病人のための医学でなくてはならない。」というこの精神に学ぶべきところが、21世紀の生き方の一つに求められています。

 式典で、高木(慈恵大学教授、子孫)先生が、兼寛は、「実行の男」であったと言われました。確かに、その高い使命感、志に動かされた大きな実験の数々。
 「実行」、スピード社会でいつかそのうちと考えていつの間にか時は過ぎてゆく、そんな経験はありませんか。

5月29日(木)
 「倦(う)むことなかれ」論語
 人は誰でも、役についたときは、一生懸命やるが、慣れてくると手を抜いてしまう。そういうときにも真心をもってやらなければならない。

 県立産業技術専門校(県内3つの技術専門校を統合し、より充実させたもの)開校式典での講演会で同校出身で不動産の管理運営の一体化を手掛け年収140億円と飛躍中の潟fィックス クロキ の社長 黒木 透 さんの引用された言葉です。

 氏は、中学を卒業して、旧技術専門学校で学び、大工の下積み時代も経験し、夢であった福岡へ進出しました。様々な出逢いやもちろん本人の努力で、現在の会社を経営するまでになったそうです。

 久々に、ほんものの人に逢い、本物の話を聴き、大変感銘を受けました。
 県としては、ただ感心するだけでなく、行政にできる積極的なサポートの中から、宮崎にゆかりのあるこういう方から学ばなければなりません。

 景気・雇用対策も「人」なりです。大転換期に業績を伸ばす民の力に行政は、謙虚にならなければなりません。 

5月27日(火)
 それにしても、よく降る雨です。
 もうすぐ、梅雨、そして、暑い夏。毎年繰り返される季節の移り変わりに思いを寄せ、政治がどこまで、世の中に貢献しているのか。ふっと考えます。

 比較的、目に見えやすい箱物行政、現行犯逮捕などの警察行政に対して、教育や少子社会の対策など哲学を必要とするこれからの政治課題に、我々、議員側の資質が問われます。

 総会などの出席が多い慌しいこの時期、じっくり思いを馳せる時間が必要です。

5月26日(月)
 全然、車には、無頓着なんですが、現在、白のカローラ(15万キロ走行)に乗ってます。最もポピュラーな車種です。
 妻は、すずきのアルトに乗っていたのですが、車を廃車することになり、中古車を探していました。

 以前から少しでも、環境に配慮したオイル等を使用していましたが、買い換えるなら、エコカーをと決めてました。早速、自動車会社の友人に連絡して、5年落ちのトヨタ プリウスを手に入れました。

 低速の場合、自動的に、ガソリン燃料から充電されていた電気になり、排気ガスが抑制されます。運転していて、自然とやさしいドライブさばきになります。もっと、エコカーが行き来すれば、事故も少なくなり、ひいては、社会全体も美しくなるでしょう。

 先輩議員から、「この車は、奥さんに乗せんと行かんぞ」といわれました。ハイ、そうします。

5月25日(日)
 先週中田横浜市長にお逢いする機会がありました。
 2期目の様々な悩みを抱える私の質問にこう答えてくださいました。
 宮崎の先輩議員から、「お前の政治は理想だ。人間は、サデスティックなもので、そうはいかない。」と言われたことを正直に相談すると、「確かに理想だけど、実現できない理想ではないと思うよ。」と答えてくださいました。

 悩んでいたものが、パッと明るくなり、また、政治に対する展望が見えてきました。

 先日、友人から、「サンクチュアリ(聖域)」という漫画を貸してもらいました。全12巻の中身は、将来の日本を憂い若者が立ち上がり、政治、経済、裏世界などなどそれぞれの世界で頭角を表し、はびこる悪を退治し、いい社会を築いていくというストーリーです。(興味のあられる方は、是非ご一読を。)

 大切な知事選に、県民の一人として、政治に携わるものとして、どうするか、正直、悩んでいます。

5月22日(木)
 政治的リーダーシップについて考えてみます。 いま日本中にリーダー待望論が蔓延しています。
 政治の世界には、スーパーマンはいません。任せて安心というリーダーを探して、その人にすべてを託すというのでは、そもそも民主主義の否定になってしまいます。
 
 いまの日本で理想的なリーダーとして名前があがるのは、国政の政治家ではなく、何人かの知事です。
 前北川三重県知事は、こういっておられます。

 「必要なのは、まず志です。志があって、はじめて決断ができるのです。いままで、一つのパラダイムが50年以上続いてきて、政治行政の目的が利害調整ばかりになってしまいました。目的を達成するために調整を行うというのが、本当の政治なのに、目的理念がなくなって、利害調整だけが目的化しているのです。決断するときは、当然批判もでてきますが、民主主義は、修復可能だということです。独裁は、許してはなりません。選挙によって担保されています。利害調整のみに長けて、問題を隠して先送りするより、こういう問題があるということを包み隠さず明らかにして、そのための解決策を決断し、実行する。リーダーに要求されているのは、これ以外にありません。」

 「志」  人間は、自らに課せられた使命を感じ、様々な雑念を振りほどけたときに、いい仕事ができるのでしょう。
 ある先輩議員曰く、「政治の世界は、エゴのかたまりだ。きれい事では、・・・・。」
 しかし、時代に応じて政治に求められる役割も変化するのでしょうが、いまの宮崎には、「志ある政治家」が求められます。 

5月21日(水)
 県議会では、役員構成がきまりました。
 私は、総務企画常任員会副委員長、景気・雇用対策特別委員会委員です。新たな気持ちで、がんばります。

 知事選告示まで、あと50日となりました。
 長野県、田中知事は、宮崎の知事選に「宮崎県民が自らの意思で知事を選ぶ訳であり、どんな結果になろうともそれは宮崎県民が選択したという事実であり、結局全ては有権者である県民の責任になるのです。」と某雑誌の質問に端的に答えられました。

 まさにその通りです。我々有権者一人ひとりが、真剣に郷土宮崎の未来を考え、県政に関心を持ち、子供や孫たちにより良き郷土を残すために、責任ある一票を投じなければならないと改めて強く思いました。

5月19日(月)
 政治家には、二つの命があります。一つは、血液が脈々と流れる人間の命です。もう一つは、有権者の皆さんをはじめ、支援していただいている皆さんからいただいた政治生命です。もちろん、それぞれの職場やお立場にも同様のことが言えるでしょうが、このことについて考えてみたいと思います。

 この政治生命の使い方は、当然、自分勝手に決めれるものではなく、いただいたお一人、お一人の思いに背くことなく誠実に遂行していくのは、政治家として基本であると思います。
 ですから、その身の振りについては、最大限に考慮すべきものと思います。

 先日、地元の中学生が、増水した河川におぼれ、現在捜索中ですが、私は、地元消防団の一員として出動しております。必死の捜索にもかかわらず、依然手がかりがつかめていません。聞きますと、大切な初期捜索(1日目)なのに、県警のヘリが修理中で出動できず、契約しているダイバーも連絡がつかず、2日目にようやく捜索を始めたという状況です。初期捜索のあり方が指摘されています。

 また、サーズ感染の台湾の医師が、日本を旅行していたことが判明しました。当然、それらのことは想定され、その対策が必要なのにもかかわらず、これも、お粗末です。

 よく、言われる「生命、財産」が、形骸化しているようです。いわゆる行政判断では、今回の例をあげるまでもなく、時間がかかります。スピード時代に対応した政治判断が必要です。
 横浜では、中田市長が、判断をしない、したくない体質の国やサッカー協会をよそ目にアジア地区サッカー大会の延期という政治判断をしました。

 完売したチケット代金だけでも、約6億から7億円だそうで、大きな判断だったことが伺えますが、原点である、生命、財産を守る最低限の責務を果たしました。もちろん、恐れるがあまり全てを反対することではなく、それぞれの状況をきちんと分析して結論を出す。このことを学びました。

 今日は、県議会議長選挙です。民の感覚を大事に、命を大切にする議会でありたいものです。

5月15日(木)
 「志は易きを求めず、事は難しを避けず」

 選挙が終わるとあぐらをかく従来の政治、このことに真っ向から挑んだ選挙戦だったので、そういう目でスタートした議会をみると、正直、物寂しくなります。
 某先輩議員が、選挙前に「今頑張れば、3年間ゆっくりできるから」と聞きました。

 確かに、張り詰めたままの状態の糸ではいけないのでしょうが、県民の願いがどう代弁されるのでしょうか。

 私の気持ちは、「志は易きを求めず、事は難しを避けず」。つまり「志を持っているならば、けっして安易な道を選んではならない。また、事が難局だからといってそれをさけてはならない。」これは論語の言葉ですが、私は現状の宮崎を放置して、目の前の大きな問題に目をつぶって、まだまだ先に大きな問題があるから、だから私は行動できない。そんな生き方はしたくないと思っています。

 このコラムを書いていたら、別の先輩議員が、
 「男はできるだけ単純に生きなければならない。たった一つの目的を探し、後はその達成のみを念じてひたすら生きるべきである。」チンギスハンの言葉を紹介していただきました。

 ちょっと救われた気になりました。

5月14日(水)
 県議会では、議長、常任委員会委員長ポストなどや特別委員会の内容などのため、3日間にわたり協議しております。ポスト対象の先輩議員は、必死のようです。

 そんな、県議会の様子を見ながら、今の宮崎の政治には大変な危機意識を感じずにはいられません。
 県民が政治に不信感を持ち、無関心になっていますが、このままでは宮崎の政治は貧困化し、結局そのツケは、県民、若い世代に返ってきます。

  今は年をとった「政治屋」が県を動かす時代ではありません。勇気をもって立ち上がる若い人たちに政治を委ねるような思い切った改革が必要です。ただ、若いというだけでは、不安もあります。しかし、若い連中にやらせればそこから苦難が始まる。厳しい環境の中で政治の舵取りをしようと思えば真面目な青年であるほど苦労するので、そこで、人間的に成長し新しい可能性が生まれるのだと思います。

 宮崎の政治は、変革を求められています。勇気と正義感を持ち、純粋な心を失っていない若者に県政を委ねたい。そんな若者が立ち上がれば政治離れした大衆も投票所に向うし、宮崎の政治は活性化すると思います。

 34名の最大会派になった自由民主党の控え室より。

5月13日(火)
 彼は片田舎の丸太小屋で生まれた。学校は貧しさのために断続せざるを得なかった。彼が正規の教育を受けたのは、合計して一年に満たない。二十代になって事業を起こす。だが、失敗した。その上、恋人の死という悲運に見舞われ、自身は神経衰弱を患う。その中でも彼は独学し続けた。そして二十七歳の時、弁護士の資格を取得する。

 労働に明け暮れた経験。弁護士活動で得た見聞。それが止みがたい夢と激しい志を育み、彼を政治へ駆り立てた。
 だが、なだらかな道ではなかった。三十代では下院議員選挙に二度、四十代でも上院議員選挙に二度、落選した。四十七歳の時、副大統領選に立候補したが、これも落選した。

 しかし、彼は逃げなかった。夢と志が逃げることを許さなかった。そして大統領の座を射止めたのは五十一歳の時だった。彼は南北戦争を戦い抜き、奴隷解放という新しい歴史を切り開いた。
 彼の名はアメリカ第十六代大統領エイブラハム・リンカーンである。

 先の統一選挙で、惜敗した同志が、街頭に立ち、再起を誓う。4年は長いが、成功者の法則を見ると、元気が出ます。 困難から決して逃げない。困難に立ち向かうのが、政治である。
 松下幸之助 「百遍倒れたら百遍立ち上がれ。万策尽きたと言うな。策は必ずある。」

5月 9日(金)
 自民党会派一本化へ。知事選は、自主投票。
 ながらく、ご心配をおかけしました、県民不在の中で、多くのお叱りをいただいておりますが、上記の方向で進み始めました。
 厳しい、経済情勢の中で、喫緊の課題である諸問題に政治の責任において解決していかなければなりません。
 心新たに、取り組みます。