安藤新体制のスタートから3ヶ月、まずは県庁改革を。
24年ぶりに新しく安藤新知事が就任されて3か月が経ちました。9月には、安藤新体制にとって初めての県議会も開催され、私も新知事に初めての一般質問を行いました。
アメリカの慣習で「ハネムーン期間」というのがあるそうです。これは、大統領に就任してから100日間はあまり批判もせず、温かく見守ってやろうというのです。県民の中にもそういう声がないわけではありませんが、宮崎の現状を考えますと、厳しい財政状況などまったなしです。情報公開度の低さなど不名誉な課題もありますし、一番残念な人口当たりの自殺率も本県は、ワースト一桁だそうで、私も政治の責任を痛感するとともに、現状の閉塞した宮崎を一刻も早く立ち直させる使命を感じています。
長期政権の閉塞感を打破すると歯切れがよかった「安藤節」は影を潜め、当初の期待感から大きく様変わりし、落胆するような報道が続いて、心配されていらっしゃる方もおられるでしょう。しかし、何事も、一朝一夕には行きません。改革派の知事の話を聞いても、この意識改革には相当の期間が必要とのことで、すぐとはいかないでしょうが、できるものから取り組まれるものと期待します。
若手県職員の話を聞きますと、安藤新体制になってから着実に活性化されているようで、その手腕に期待するところです。山積するさまざまな問題をかかえる中で、私はまず、この変革の時代にふさわしい行政のあり方を確立する必要があると思います。
今の時代は、改革というより革命といったほうがいいのかもしれません。現代は「明治維新」「昭和20年以降の改革」に並ぶ第3の改革期といわれますが、実はそれらとは異質なものではないか、農業革命や産業革命といった文明的な「革命期」にあるのではないかと思っています。
こういう時代の知事は、新しい価値をつくることができる人でなければなりません。前例を踏襲して、間違いなく無難にこなすというような人では、結局前に進むことができないでしょう。
戦国時代の三大武将である織田信長、豊臣秀吉、徳川家康を例に挙げますと、最高の改革者・革命家はやはり信長でした。桶狭間の戦いで鉄砲を初めて効果的に使った武将として知られていますが、鉄砲は何も信長の専売特許だったわけではなく、使おうと思えば今川吉元にも武田信玄にも使うことはできたわけです。
信長は当初、少ない兵で大軍を相手にすることの連続でしたので、それをカバーするために近代的な軍団の概念に近い部隊として、鉄砲隊を組織しました。そして当時、非常に貴重で高価なものであった鉄砲を量産し、うまく使うために、さまざまな革新的なシステムを作り上げています。これは、始めからはっきりとした意志と目的があり、それを形にするために前例・慣習にとらわれずに突き進んでいく、信長らしい哲学がよく現れていると思います。
その時代になぞらえれば、今の日本は、信長的改革の時代だと思います。思い切って今までの価値を揺さぶったほうがいいのです。
先の知事戦で、多くの県民が安藤知事に期待したのも、まさに長期政権で硬直化した県政に対する、思いきった改革にあったように思います。
安藤県政には、まず、その旗本である宮崎県庁を、県民の目線から解体・再構築してもらわなければなりません。県職員の意識改革です。
県庁は、外部から批判の目にさらされるのを非常に嫌がる組織です。慎重になりすぎて、反射的に無難な道を常に選択しようとします。それが積み重なったものが、安藤知事もいっておられた「閉塞感」でした。
また、国政の課題となっている地方への権限委譲が実現すれば、現場をもたない国と、現場に立脚すべき自治体の行政のあり方は、おのずとちがったものにならなくてはなりません。
安藤知事には、新しい時代の宮崎の構築に向けて、真に現場に立脚した県政を期待しますし、それにはまず足元の県庁を、組織のためではなく県民のために仕事をする場への改革から、進めていってもらいたいと思います。