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政治の大切さについて
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昨年10月に一通のメールをいただきました。まだ一度もお会いしたことはありませんが、何かのきっかけで毎日私のホームページの「新平コラム」にアクセスするという青年からでした。
その後、何度かメールのやり取りしておりましたら、自身のホームページも開設し、コラムを書き始めたとのことでした。早速のぞいて見ますと、すぐに熱い思いが伝わってきてとてもうれしく感じました。その青年から「政治の大切さを若い人たちに説いてくれ」と原稿の依頼がありました。そういう依頼なら喜んでと書き始めたのですが、逆に、私が気づかされたことがありました。
私は、現在37歳です。時代の変革期にしがらみのない若者が必要だと、使命感を持って取り組んでいます。最近では、インターネットや街頭演説に関心を持ってくれる若者も増えてきました。
しかし、自分だけ突っ走って、同世代の皆への働きかけが弱かったのではないかということです。
この改革は、もちろん一人で出来るものではありません。多くの力が必要です。もっと積極的に若者が集まるところへ出向き、政治の必要性を訴える役割が自分にあることを気づかされました。
彼に送った原稿は、はずかしいのですが「特別執筆」としてアップされています。そこで、ここでも紹介させていただきます。
政治の必要性について
私自身は、政治家は本来、尊い仕事である持っていて、小さいときから政治家を志しておりました。
政治家は確かに立派なことをいいます。そして、その権限が与えられているのにもかかわらず、世の中が釈然としないのは、なぜなのでしょうか。
さまざまな経験や勉強をする中で、政治の必要性を感じるとともに、現実の政治の不甲斐なさを思い知らされています。
結論からいいますと、政治と金の問題を解決しなければ、一向に世の中は良くならないということです。確かに政治にはお金がかかるといわれますし、私も実際、そう思います。政治活動上の印刷代、電話代、郵送代、ガソリン代などが必要です。しかし、悪いことをしてまでも必要ではありません。そもそも、政治家がお金や権力に頭を下げるようでは、始末におえません。
私も32歳で初出馬でしたので、より時間を割いて政策を訴え、また工夫もしたつもりですが、なかなか20代30代の同世代の投票行動には至らなかったのが現実です。
実際は、還暦を過ぎて人生を振り返り、しがらみから開放された方の応援が多かったように思います。
政治の大切さをどう共有できるかは、今後の課題なのですが、私たち責任世代の役割でもありますので、特に力を入れていきたいと思います。
以下は、政治の大切さについて、私の目標とする政治家、中田宏横浜市長の言葉を借りてまとめたいと思います。
「社会に不満のある人、頭にくることがあったら手をあげてください。」そう若い世代に問いかけても反応はありません。
「皆さん、例えば、朝のラッシュ。私はあれにまず頭にきます。自分の娘には、乗せたくないと率直に思います。」
あのラッシュは、異常な空間ですね。朝の7時半から8時半の間に乗ったらまったく身動きが出来ない。すし詰めなんてもんじゃない。養鶏場のニワトリだって、売られていく牛や豚を乗せたトラックだって、満員電車ほどギュウギュウづめにはなっていないですよ。ということは、私たちは家畜以下の我慢を強いられているってことなんですね。
ドアを閉めるために、駅員にギュウギュウ身体を押される。新しい洋服を着たり、靴を履いていたら、すぐに汚れ、しわくちゃになります。
夏なんか蒸し風呂状態。乗客はみんな汗ダクダク。汗ダク同士が隣り合って肌が触れると気持ち悪い。座っている人に目を移せば、立っている人を尻目に足を伸ばして、新聞を読んだり、眠ったりしている。あの通勤ラッシュ、みんな何も感じませんか?さらに、あの時間帯に、例えば妊娠した女性が電車に乗れるかといったら、乗れませんよね。お年寄りや身体の不自由な人が車椅子で乗ろうとしても乗れないでしょう。
おかしいと思いませんか。あきらかに、人権侵害です。
日本という国は、もともと農耕民族の性質として環境に対して「我慢強い」人種とされています。ある種「忍耐」が「美徳」とさえ考えられがちです。
「世の中に怒りを持っている」「世間に不満を持っている」「頭にくることがたくさんある。」というと、どうも「不良」とか「不満分子」とか思われてしまう。だから、頭にくることや不満に思うことから目をそらしてしまう。そのうち、見て見ぬふりをするようになる。
これは、「忍耐」ではなく「逃避」なのです。そう言う社会が、一番いけないと思います。無関心こそが、社会を悪くしている元凶です。
私たちが住んでいる社会には、おかしいことや間違っていることがたくさんあります。そういったことを直視して、「頭にきてよし」「不満に思ってよし」、そしてそれを正しい方法で直していこう、そのためにはどうすればいいか、と考える。
そういう小さな意識の積み重ねが、やがて社会を変えていく。私は、怒りや不満という感情は、社会をよくしていくための第一歩だと思っています。
100万力が必要ならば、ひとりが100万力を出すのではなく、100万人が1の力ずつだすほうが早く結果が出ると思います。
だから、政治参加といっても、皆が選挙に出る、政治活動するといったことじゃなくても、投票に行って一票を行使する。もっと言えば、日頃のニュースなどだけでは見て社会に関心を持つ。そういったことが、個人では小さい関与の仕方でも、全体では大きな変化をもたらすことになるんです。
社会に対する傍観者ではなく、小さな事でいいから問題意識を持って欲しいと思います。 |
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